スペシャル対談:小野澤虎洞和尚×石川社長

スペシャル対談:小野澤虎洞和尚×石川社長

“信じること”が価値を生み出す。

石川本日は聚光院へお招きいただきありがとうございます。荘厳な雰囲気に身の引き締まる思いがしますね。小野澤和尚は、聚光院の住職を何年くらいお務めになられていらっしゃいますか?

小野澤平成2年から数えて約30年になります。聚光院には“茶聖”と称せられた千利休居士のお墓がございますので、「利休忌の法要」と「三千家(表千家、裏千家、武者小路千家)のお茶事」を執り行う事が主な役割となります。今年11月には、表千家十五代の襲名披露を行いますが、全国から三千人くらいが集まるお茶会になります。

石川三千人のお茶会ですか、それは桁違い(笑)。やはり、お茶の世界のご縁というのは幅広いですね。

小野澤昔は“お茶の世界は天皇から物乞いまで”と例えられたほどです。茶道とは、お茶だけではなく、それに付き合わせるお菓子、作法、道具、茶室をしつらえるための華や美術品など、「総合芸術」のようなもの。季節によってもまったく趣が異なります。2020年の東京オリンピックを機に、外国の方々にももっとお茶や着物など日本特有の文化を知っていただきたいですね。一方、国内では茶道を理解されていない世代が増えてきているのは残念なことです。

石川最近では、若者が茶道を見直し始めているという話も耳にしますが。

小野澤お茶に興味を持っていただくのはうれしいのですが、茶道というよりも、お茶を点てて飲めばいいというカルチャースクールに近いかなという気がします。できれば、しっかりとした先生に付き、茶道の基礎にある考え方について、まずはお掃除や挨拶の仕方から学んでいただきたいと思います。近頃は、足で障子を開けたりする子もいますので(笑)。

石川昭和の偉大な教育者で森信三先生は、人は歳に「つ」がつくまで、いわゆる九つまでに三つのことを抑えておけば良いと仰ったそうです。一つは挨拶、二つ目が返事、三つ目が履物をそろえること、だそうです。

小野澤すごくよく分かりますね。私も弟子たちに「下駄を揃えるように」、「雑巾がけに心を込めなさい」と口うるさく言っています。今はまだ言われたからやっているという感じでしょうが、いずれその意味が分かってくるかと思います。

石川そういう心掛けが中心にあって、日本の文化はそこからすべてが始まるのではないかと。

小野澤日本人にはお茶を飲む習慣があるのですから、日常の所作についても併せて学ぶ機会を持っていただきたいですね。

石川そうですね。ところで、小野澤和尚も長年JWティーをお飲みくださり、ありがとうございます(笑)。

小野澤毎朝、台所当番の弟子がポットに入れてつくってくれるので、朝昼晩とJWティーをいただいています。私も75歳になり、いろいろなところを手術して、胃も十二指腸もないし、背骨も二本切っていますが、とにかく元気です。信じて飲むことに価値がありますね。先日、最新機器で健康診断を受けたのですが、以前より健康なくらいです。

石川日頃、朝早くからお忙しくされていると思います。JWティーの他に健康のためになさっていることはありますか?

小野澤1時間くらいウォーキングしたり、軽い体操をしたりします。あとは弟子と一緒に本堂で30分近く読経を行っていますが、声を出すのも健康に良いらしいですね。昔は自分で雑巾がけなどもしていたのですが、今はさすがに若い人に任せています。現在、3人の弟子がいるのですが、高校生の子たちは朝5時に起きて、お経を読んで、それから本堂を掃除にと、学校へ行くまでに半日分の仕事をしているようなものです。ですから、ウチでは絶対に登校拒否はありません、学校のほうがオアシスですから(笑)。若いうちにそういう経験を積ませるのも年長者の務めかと思いますね。

小野澤虎洞和尚

臨済宗大徳寺派 聚光院(じゅうこういん)

小野澤 虎洞(おのざわ こどう)和尚

1942年静岡県生まれ。臨済僧。1969年聚光院先住小野澤寛海の弟子となる。1980年に聚光院副住職を務め、1990年に聚光院住職に就任。 聚光院は、千利休とその流れを汲む三千家(表千家、裏千家、武者小路千家)の菩提寺。通常非公開だが、創建450年を記念して2016年春より一年にわたり特別公開された。今回は対談の場所として特別にご招待いただいた。